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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13152号 判決 1992年1月28日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 北田幸三

右同 本庄正人

被告 日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長 石月昭二

右訴訟代理人弁護士 水谷昭

右訴訟復代理人弁護士 松本美恵子

右指定代理人 神原敬治

<ほか二名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六一年一二月五日午後一一時三七分ころ

(二) 場所 茨城県竜ヶ崎市佐貫町旧日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)常磐線佐貫駅下り線プラットホーム(以下「本件プラットホーム」という。)

(三) 態様 原告は、上野発土浦行き列車(以下「本件列車」という。)の最後部一二両目の車両に乗り、右佐貫駅で下車して本件プラットホームに降りた後、土浦方面に帰宅するため右列車内にいた原告の本件事故当時の勤務先の上司であった乙山春夫(以下「乙山」という。)に挨拶をするため本件列車に近付いたところ、本件プラットホームと本件列車との隙間に足を踏み外し、動き出した本件列車に引きずられてホーム下に転落した。

(四) 結果 原告は、本件事故により、右大腿中央部及び右上腕中央部各挫滅創・粉砕骨折等の傷害を負い、東京医科大学霞ヶ浦病院に緊急搬入され、右大腿、右上腕、左手指各切断の手術を受け、右病院に昭和六二年八月二日まで入院して治療を受けたが、右上肢及び右下肢を失うという後遺障害が残った。

原告は、その後、併発した慢性肝炎の治療を受けるため、室生内科医院に現在まで通院している。

2  責任原因

被告は、本件事故後、以下の国鉄の債務を承継した。

(一) 本件事故について

本件事故は、次のとおり、本件プラットホームの瑕疵及び本件列車の乗務員戸辺洋一(以下「戸辺」という。)の過失により発生したものであるから、国鉄は、民法七一七条及び同法七一五条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。

(1) 本件プラットホームの瑕疵

本件プラットホームは、上野駅方面寄りが同方面に向かい右曲りにカーブする構造となっており、原告が転落した場所付近は、列車停車時には、列車とホーム端との間に三五センチメートル以上の隙間が生じ(被告は、本件事故後、本件プラットホームの嵩上げ工事を行っており、本件隙間の改善が可能であるのに放置した結果、本件事故に至ったというのが現実である。)、しかも照明が消えているなど極めて危険な状態であった。

(2) 本件列車の乗務員の過失

本件列車の最後尾乗務員室には、戸辺が車掌として乗務しており、同人は、原告が酒に酔っていたこと及び原告が転落した場所付近の列車とホームとの隙間が三五センチメートル以上生じることを認識した上で、同人が列車に近付いて乙山に挨拶しているのを現認したのであるから、原告が列車から離れて列車が安全に運行できる状態に至ったことを確認して列車発車の指示をすべき注意義務があるのに、これを怠り、そのまま発車を指示した過失がある。

(二) 本件事故後の処置について

本件事故後、国鉄は、原告が未だ本件プラットホーム下の線路脇にいたにもかかわらず、救助して安全な場所に移さないままに、本件列車の後続列車(特急ゆうづる五号)をそのまま通過させ、原告に多大の恐怖感を抱かせたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告が被った右精神的苦痛を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益 金一億〇〇六九万円

原告は、本件事故当時、満三九歳で、東京消防庁に勤務する公務員として年間金六七五万九二二九円の収入を得ており、本件事故による前記各後遺障害によりその労働能力の一〇〇パーセントを喪失したから、就労可能年齢である六七歳までの二八年間の逸失利益は、右年収額を基礎とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり右金額となる。

六七五九二二九×一四・八九八=一〇〇六九〇〇〇〇(一万円未満切捨)

(二) 慰謝料 金二五〇〇万円

本件事故及び本件事故後の処置(責任原因(二))により、原告が被った精神的苦痛を慰謝すべき金額は、到底右金額を下るものではない。

(三) 弁護士費用 金八〇〇万円

原告は、本件事故について本訴訟前に調停を申し立てているところ、右調停及び本訴訟手続一切を原告代理人らに委任し、本訴訟の勝訴の際には、報酬を支払う旨約しており、そのうち本件事故による損害として被告の負担に帰すべき金額としては、右金額が相当である。

4  よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条、同法七一七条及び同法七一五条に基づき、本件事故による損害賠償請求として、請求原因4の損害の合計金一億三三六九万円の内金六〇〇〇万円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年一二月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)、(二)、(三)のうち原告が本件列車に乗り、佐貫駅で下車した後に列車とホームとの隙間に転落するという事故が発生したこと及び(四)のうち原告が本件事故により重傷を負ったことは認め、その余は否認する。

本件事故の態様は、戸辺が旅客の乗降及び出発信号機の進行現示に異常のないことを確認して本件列車のドアを閉扉した後、本件列車が動き始めたところ、本件プラットホーム上を歩いていた原告が、本件列車に突然近付いてきたので、戸辺が「危ない」と大声で注意すると同時に電磁弁(ブレーキ引きスイッチ)を引いて急制動措置を講じたが間に合わず、本件列車が約一〇メートル進行したときに、最後尾車両の真中付近の車体とホームとの隙間に転落してしまったというものである。

2  同2については、被告が本件事故後国鉄の債務を承継したこと、同2(一)(1)のうち本件プラットホームの上野駅方面寄りが同方面に向かって右曲りにカーブしていること及び本件事故後本件プラットホームの嵩上げ工事を行ったこと、同2(一)(2)のうち本件列車最後尾乗務員室に車掌が乗車していたこと及び原告が酒に酔っていたこと並びに同2(二)のうち本件事故後、本件列車の後続列車である特急ゆうづるが通過したことは認め、その余は否認する。

3  同3については、同3(一)のうち原告が本件事故当時満三九歳で、東京消防庁に勤務していたこと及び同3(三)のうち原告が本件について調停及び本訴訟の各手続一切を原告代理人らに委任したことは認め、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

1  請求原因1の事実のうち、同(一)の日時、同(二)の場所において、原告が本件列車を降りた後、本件列車とホームとの隙間に転落するという事故が発生したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、同(三)の本件事故の態様について判断することとする。

(一)  《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件事故当時、東京都千代田区大手町所在の東京消防庁総務部に勤務する公務員であったが、本件事故当日は、午後六時ころに仕事を終えたものの、仕事の打ち上げということで右総務部での上司である乙山らと飲食することとなり、当日午後一〇時ころまでの間、勤務先の合同庁舎の地下食堂及びその後赴いた神田の飲食店で食事をするとともに、日本酒を銚子で二、三本、ビールを一本、酎ハイを大ジョッキで一杯程度の飲酒をするなどした。その後、原告は帰宅の途についたが、右飲酒による酔いの程度は、ほろ酔い程度であり、ろれつが回らないという程ではなかった。

原告は、昭和六〇年三月末から、現住居地である茨城県竜ヶ崎市に居住しており、その通勤経路(帰宅時)は、営団地下鉄千代田線大手町駅から乗車して北千住駅まで出た後、常磐線に乗換えて佐貫駅に行くというものであり、通常、常磐線では進行方向の先頭車両ないし二両目の車両に乗車していたが、本件事故当日は、時間が遅くなったことから、常磐線の始発駅である上野駅から座って行くこととし、同じく常磐線の利用者である乙山とともに、午後一〇時四〇分ころ発の土浦駅行きの本件列車(一二両編成、一両の長さ二〇メートル)の最後尾車両に乗った。

原告は、車中では乙山と共にほぼ真中付近の座席に座り、途中、二人とも居眠をするなどしたため、午後一一時三六分ころ、定刻の約三〇秒遅れで本件列車が佐貫駅に到着した際には、乙山に起こしてもらうということはなかったものの、慌てて網棚に上げてあった荷物を取り、同車両の三つある扉のうち真中のものから下車した。

(2) 本件プラットホームは、その両側に線路が敷設されて列車が入線できる構造になっており、本件列車はそのうち進行方向左側の三番線ホームに入線し、原告らが乗車していた一二両目からは、原告を含め五、六人の乗客が下車した。本件プラットホーム上には、駅出口へ赴くための階段がそのほぼ中央付近に設置されていることから、最後尾車両から下車した原告としては、本件列車の進行方向へと歩いて行かなければならないところ、原告は、酒に酔っていたこと及び仮眠していて急に下車したことから、普段の帰宅時(先頭車両ないし二両目に乗車していること前示認定のとおりである。)と勘違いをして上野駅方面に戻るようにして歩き始めたが、その後、右誤りに気付いて階段方向に歩いて行った。

本件列車の最後尾車両乗務員室に車掌として乗務していた戸辺は、本件プラットホームに到着して開扉した後、駅側からの閉扉時機合図器の合図を確かめ、更に、レピーターによって出発信号機を確認した後、閉扉したので、本件列車の運転手である平子静夫(以下「平子」という。)は、右閉扉に連動するパイロットランプの点灯を受け、本件列車の起動を始めた(以上の本件列車の佐貫駅での停車時間は約三〇秒。)。戸辺は、原告が、本件プラットホームに設置された盲人用点字ブロックのすぐ右付近を、ふらふらとしながら階段方向に向かって歩いているのを認め(本件プラットホームの写真である甲一号証の一七及び一八を、甲六号証によって認められるところの、ホーム縁端のラバー掛けブロックのホーム縁端から中央に向けての長さが約四五センチメートルであること及び盲人用点字ブロックが幅三〇センチメートルの正方形であること等の事実に照らして考えると、右の原告の歩いていた場所は、少なくとも本件プラットホーム端から一メートルは中央寄りであったものと推認することができる。)、このまま列車が発進しても、原告の位置からして危険性はないと判断したが、閉扉後、なお乗務員室から扉を開けて半身を車両の外に出し、進行方向のホーム及び列車の側面の状態を監視していたところ、列車が動き出した後、急に体をひねるようにして原告が本件列車に近付いてきたため、電磁弁を引いて急制動の措置を講じたが、間に合わずに原告は列車とホームとの隙間に吸い込まれるように落ち、本件列車は原告が落下した地点を通り過ぎて停止した。

(3) 本件事故の翌日、鉄道公安職員が写真撮影のため本件列車を調べたところ、落下した原告の上を通過した最後尾車両の乗務員室側揺れマクラ装置(本件列車には、一車両につき八輪の車輪が四輪一組で前後についており、この四輪を組み合わせているものが揺れマクラ装置であって、右装置自体はレールと接着するものではない。)には、血痕及び肉片が着いていた。また、本件事故日の翌々日に乙山が本件プラットホームを訪れた際には、線路敷上に多量の血痕が残っており(特段の事情のない限り、右血痕は原告のものであって、この付近が原告が転落した地点と推認するのが合理的である。)、本件プラットホーム三番線上には、一二両編成の列車が入線して停止したときに列車最後尾の乗務員室が来る位置として予定されている位置が白色ペイントで⑫と示されているところ、右血痕の位置を線路に対して直角に交わる方向でホーム上に引きなおした地点と右⑫印との距離は、一〇メートル強であった(右距離は、前示甲第一号証の一七、同一八、同二五、同二六によって認められる右地点間に存在する盲人用点字ブロックの数が約三五個であり、前示のとおり一個が三〇センチメートルの正方形であることから推認することができる。)。

(4) 本件事故により、原告の右上腕部及び右大腿部は著しく挫滅し、本件事故後、診察にあたった東京医科大学霞ヶ浦病院の市丸医師は、調査嘱託に対し、「上腕部及び大腿部の著しい挫滅状態より推察して、かなり強い外力やはり車輪による轢断と考えて良いのでは思われます。」旨の回答を行っている。

(二)  右で認定した事実を総合すれば、本件事故の態様は、一旦下車して、本件プラットホームの進行方向左側端から一メートルあまり離れた地点を階段方向に向かって歩いていた原告が、本件列車が発進し進行を始めた直後、急に身をひねるようにして本件列車に近付いて行き、停車時の列車最後尾乗務員室の位置から一〇メートル強ほど前方の位置辺りで、本件列車とホームとの隙間から線路敷に転落したものと推認するのが相当である。

これに対し、原告は、①本件列車が動き出す前からその傍らに佇立していた旨及び②本件列車は起動を始めてから急制動で停止するまでの間殆ど動かなかった旨主張し、他方、被告は、本件列車が動き始めて一〇メートル程進んだときに、戸辺の位置から一〇メートル程前辺りで転落した旨主張している。しかしながら、原告の主張①についていえば、これを裏付けるに足る証拠は存在しない(原告自身も右のごとき供述は行っていない。また、乙山は、原告が下車直後に乙山の後ろの窓ガラスをノックした記憶があると証言するが、本件各証拠と対比すると、本件事故当時に関する同人の記憶が正確なものとは認め難い。)こと、②についていえば、前示の揺れマクラ装置に付着していた血痕及び肉片の存在を説明できないこと、また、被告の主張についていえば、前示の線路敷き上の血痕付近が転落地点と推認されることと相矛盾するものであり、右被告の主張を裏付ける戸辺の証言及び供述並びに平子の供述は、いずれも走る列車からの目測に過ぎず、その信用性は薄いこと、等からすれば、右原告及び被告の主張はいずれも認めることはできず、前示のとおり認定するのが相当というべきである。

3  同(三)(本件事故の結果)については、原告が本件事故により重傷を負ったことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により、右大腿ないし足指及び右上肢広範囲挫滅創、右手指挫滅創の傷害を負い、牛久愛和病院に搬入された後、昭和六一年一二月六日に東京医科大学霞ヶ浦病院に転送され、以後昭和六二年八月六日まで入院し、同月九日まで治療を受けたが、右大腿切断、右上腕切断及び左小指切断の各後遺障害が残ったことが認められる。

二  進んで請求原因2(責任原因)について判断する。

1  本件事故後、被告が国鉄の債務を承継したことは当事者間に争いがない。

2  同(一)(本件事故に関する責任原因)について

(一)  同(一)(1)(本件プラットホームの瑕疵)について

駅のプラットホームと列車との間に生じる隙間が可能な限り小さいものであることが望ましいことはいうまでもないが、他方、土地の工作物である駅のプラットホームに線路上を移動する列車が入出線するという鉄道の構造上、右の隙間が生じること自体はやむを得ないものである。ところで、民法七一七条の定める土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは、工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、右の通常有すべき安全性は、工作物の設置保存者において通常予測することのできる用法を前提として定めるべきものであって、この趣旨における安全性に欠けるところがない場合には、工作物の通常の用法に即しない行動の結果事故が生じたとしても、右事故が工作物の設置又は保存の瑕疵によるものであるということはできないと解するのが相当である。したがって、本件プラットホームに右の瑕疵があるというためには、落下地点のホーム端と列車との隙間(以下「本件隙間」という。)の幅が、駅のプラットホームの通常の用法を前提として安全性を欠くものであり、それゆえに本件事故が起きたという場合でなければならないこととなる。

そこで、この点について検討してみると、そもそもプラットホームは、その性質上その上にある者に転落の可能性があることは明らかで、かつ、これに接着して列車等の発着・通過が行われるものであるから、それ自体危険性を有することは避けられない。もちろん、このような利用者の転落や列車との接触を防止するため、プラットホームの端に仕切りを設け、列車が到着するつど乗降口付近のみ開くといった安全設備を設置することは望ましいことではあるが、大量輸送を行う公共交通機関にあっては、その経済性等にも考慮が必要であり、そのコストや効率面からいって、全ての駅のプラットホームにその設置を期待できるものではない。具体的に本件で問題とされている列車とプラットホームとの隙間も、前示のとおり、できる限り小さいことが望ましいことは確かであるが、プラットホームを直線に設置できないこともありうるのであり、このような場合には、必然的にその隙間の幅は平均的なものではなく、部分的に大きくなる箇所が生じることは避けられないこととなる。このように、一般にプラットホームは転落の危険を伴うものであるから、転落を防止するため、プラットホームの端に利用者が近付かないよう注意を促してそのための措置を講じるとともに、乗降客の数がプラットホームの収容能力を超えることのないように配慮し、最も転落の危険の高い利用者の乗降時には、そのような事故の有無につき十分な見張りをして転落に気付かないまま列車を発車させることのないように注意しなければならない(この見張りは主として乗降口付近について行えば足りる。)ものである。そして、このような管理上の注意が払われている限り、停車又は通過する列車との間に、転落の可能性のある隙間が生じうる鉄道のプラットホームであっても、そのことから直ちに瑕疵があるとはいえず、大量輸送を行う公共交通機関においては、利用者にもそれ相応の自己の安全を守るべき注意義務が存するというべきである(心身にハンディキャップのある人々の保護について特別の配慮が必要であることは当然であるが、これは本件の判断には影響しない。)。本件プラットホームについていえば、《証拠省略》によれば、本件プラットホームは、日本国有鉄道建設規定及び部内の通達である建造物基本構造基準規定等に従って設計、築造及び保守されており、本件隙間の幅は、約二五センチメートルであったこと(右の幅員は、乙第七号証の―断面図から得られるという数式によって求めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。)、ホーム端には盲人用点字ブロック及びラバー掛けブロック等が設置されていたこと等の事実を認めることができ、また、日常、国鉄の利用者に対しホームの端に寄らないように注意がされていたことは公知の事実である。以上を前提として、通常の用法、すなわち、列車への乗降や乗降客の見送り等の場合に照らしてその安全性を考えれば、列車への直接の乗降時には、行為者において特にその足元に注意しなければならず、また、乗降客の見送りの際や乗車前及び降車後にホーム上を歩く際には、乗降時とは異なって何ら列車に接着する必要はないのであり、原則として安全場所を示す白線又は盲人用点字ブロックの内側にいるべきであって、混雑等でやむを得ずその外側に出ざるを得ない場合も、その足元には十分注意すべきであることはいわば当然要求されるところである。そうすると、本件プラットホームについて、前示程度の幅を有する本件隙間が生じるということから、駅のホームとして通常有すべき安全性に欠けるものであったと認めることはできないものといわなければならない。そして、前示認定の本件事故の態様からすれば、本件事故は、何らの理由もなく発車直後の本件列車に原告が自分から近付いて行き、本件隙間に落下したというものであり、何ら自己の足元に全く注意を払わず、発車直後の本件列車に近付くという通常予測することのできない異常な行動(《証拠省略》によれば、原告自身でさえ、一旦下車した後に何故本件列車に近付いたのか分からないことが認められる。)によって発生したものというべきである。

なお、国鉄は、本件プラットホームについて本件事故後嵩上げ工事を行っており(当事者間に争いがない。)、その嵩上げの程度を認めるに足る証拠は存在しないものの、前示乙第七号証中の―断面図面からすれば、ホーム側の嵩上げ工事を行うことによって本件隙間の幅が縮まることが認められ、右本件事故後の嵩上げ工事によってもいくらなりかは本件隙間の幅が縮まったものと推認することができ、これは本件事故前に行うことも可能であったと認められるが、これが本件事故前になされていたとすれば本件事故は発生しなかったであろうとの蓋然性を認めるに足る証拠はない。

してみると、本件事故が、本件プラットホームの瑕疵によって発生したという原告の主張は理由がないということになる(なお、原告主張の、原告が転落した場所の付近は照明が消えていたという事実を認めるに足る証拠はない。)。

(二)  同(一)(2)(列車乗務員の過失)について

原告が本件事故当時酒に酔っていたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右事実を戸辺においても認識していたことを認めることができる。しかしながら、前示認定のとおり、右原告の酔いの程度は大したことがなかったうえ、本件事故の態様に鑑みれば、原告の主張するところの、発車前に原告が本件列車に近付いて乙山に挨拶しているのを戸辺において現認したという前提事実を欠くことは明らかであるから、この点に関する原告の主張も理由がないといわなければならない。

3  同(二)(本件事故後の処置)について

特急列車ゆうづるが本件列車の後続列車として本件プラットホームの三番線を通過したことは当事者間に争いがなく、原告は、本件事故後、原告が未だ本件プラットホーム下の線路脇にいたにもかかわらず、右特急を通過させた旨主張し、これに沿う内容の乙山の証言及び原告の本人尋問における供述が存在する。

しかしながら、およそ、原告のごとき重傷者を線路脇に横たわらせたまま後続列車を通過させるなどということは、特別の事情のない限り考え難く、前示認定の原告の本件事故による受傷状況、原告と乙山の関係、本件事故現場の状況等からすれば、右証言及び供述の信用性には問題があってそのまま採用することができず、他に右原告の主張を認めるに足りる証拠はないから、この点についての原告の主張も理由がない。

4  右に説示したところからすれば、原告の主張する被告の責任原因は、いずれも認めることができず、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないということとなる。

三  以上により、本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 石原稚也 江原健志)

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